こんなに体力と、精神力がいるとは思わなかった。
終わった瞬間に、5分ぐらい、気絶?した。
今の自分のベストを出し切った。
たくさん失敗したけど、気持ちつながったところもたくさんあった、発見もあった。
何という、充実感、何という高揚感。
これぞ女優冥利。
もちろん、まだまだまったくだめだめなんですよ、
声がぜんぜん出てない、
緊張感ない、
下半身がだめ、
芝居しないで段取りになってる、
一行一行に思い入れすぎて、テンポ悪い!
極めつけは、
え?そんな読み?まったく変わってくるじゃん・・・
と肝心なところを。
あんなに細かく組み立てたのにな、
自分の動かない、無様な肉体が恨めしい、
心と体が連動しない、
努力は報われない、決して。
それが芝居。
もう一度、一から組み建て直しです。
でも、なぜかぜんぜんへこんでいない、ずうずうしい自分がいる。
何だろう、このふてぶてしい余裕は。
本音言うと、
楽しくて楽しくて仕方がなかった。
もう、
麻薬中毒患者のように。
生理的な快感。
いっちゃってる・・のよ。
もっともっと、まだまだ。
本番のその日まで、
濃密な夢時間を極める。
オフの日は、
せっせとジム、そしてバレエ、タップ。
24時間、芝居のことだけ。
ああああ、し・あ・わせ。
終わった瞬間に、5分ぐらい、気絶?した。
今の自分のベストを出し切った。
たくさん失敗したけど、気持ちつながったところもたくさんあった、発見もあった。
何という、充実感、何という高揚感。
これぞ女優冥利。
もちろん、まだまだまったくだめだめなんですよ、
声がぜんぜん出てない、
緊張感ない、
下半身がだめ、
芝居しないで段取りになってる、
一行一行に思い入れすぎて、テンポ悪い!
極めつけは、
え?そんな読み?まったく変わってくるじゃん・・・
と肝心なところを。
あんなに細かく組み立てたのにな、
自分の動かない、無様な肉体が恨めしい、
心と体が連動しない、
努力は報われない、決して。
それが芝居。
もう一度、一から組み建て直しです。
でも、なぜかぜんぜんへこんでいない、ずうずうしい自分がいる。
何だろう、このふてぶてしい余裕は。
本音言うと、
楽しくて楽しくて仕方がなかった。
もう、
麻薬中毒患者のように。
生理的な快感。
いっちゃってる・・のよ。
もっともっと、まだまだ。
本番のその日まで、
濃密な夢時間を極める。
オフの日は、
せっせとジム、そしてバレエ、タップ。
24時間、芝居のことだけ。
ああああ、し・あ・わせ。
一昨日は「楽屋」をオフオフで。今日はコクーンで「桜姫」。
「楽屋」は、客席ドまん前、50センチの至近距離で、女優のすべてを堪能した。
4人ともすばらしい。泣けた。自然に涙ぐんだ。
こういうことがやりたい、
これこそが芝居だ、と思えた。
盗みたいエッセンスがたくさんあった。
そして不遜にも、うちの演出ミズノタクジは、
その上を行く、もっと深い芝居に中身はなりつつある、と豪語。
役者としてはそれに答えなければと真剣に思う。
で、大竹しのぶ。
うーん。
ひとつは歌舞伎の基礎知識があったら、もっと楽しめたのかも、と。
達者な役者陣で、前半は楽しめた。
でも、長いよ後半。
難しすぎ。もっとしめていいよ。
唐の、「風の又三郎」も、長くてうんざりしたけれど、イメージそれに近い。
作りもあるかもしれないけれど、
女優としても、渡辺えりの方に惹かれた。
何が、どうして、をもっとつきつめよう。
「楽屋」は、客席ドまん前、50センチの至近距離で、女優のすべてを堪能した。
4人ともすばらしい。泣けた。自然に涙ぐんだ。
こういうことがやりたい、
これこそが芝居だ、と思えた。
盗みたいエッセンスがたくさんあった。
そして不遜にも、うちの演出ミズノタクジは、
その上を行く、もっと深い芝居に中身はなりつつある、と豪語。
役者としてはそれに答えなければと真剣に思う。
で、大竹しのぶ。
うーん。
ひとつは歌舞伎の基礎知識があったら、もっと楽しめたのかも、と。
達者な役者陣で、前半は楽しめた。
でも、長いよ後半。
難しすぎ。もっとしめていいよ。
唐の、「風の又三郎」も、長くてうんざりしたけれど、イメージそれに近い。
作りもあるかもしれないけれど、
女優としても、渡辺えりの方に惹かれた。
何が、どうして、をもっとつきつめよう。
台詞がこなれ始め、ずうずうしくプランを持っていき始め、
面白いぐらいに自由になり始め、
イケイケ状態のまさにそのとき。
だからこそ、原点に戻って、台詞世界の読解力と、行動の必然性を丁寧に追う、
知的で深い作業が必要なのだな。
でないと自分の芝居にただ酔っ払った勘違い女。どんどん本質からずれていく。
今の最大の関心は、どうやって自分をもっと演劇的に追い詰めるか。
一点、そこにのみ、ストイックにこだわる。
深く深く思考する。リアリズムって、そういうことなのかな。
面白いぐらいに自由になり始め、
イケイケ状態のまさにそのとき。
だからこそ、原点に戻って、台詞世界の読解力と、行動の必然性を丁寧に追う、
知的で深い作業が必要なのだな。
でないと自分の芝居にただ酔っ払った勘違い女。どんどん本質からずれていく。
今の最大の関心は、どうやって自分をもっと演劇的に追い詰めるか。
一点、そこにのみ、ストイックにこだわる。
深く深く思考する。リアリズムって、そういうことなのかな。
もともと大雑把というか、ずれてると言うか、
読解力が低いと自覚してはいた。
でもこのところますますそれを感じる。
言葉への繊細な注意深いこだわりが欠けている。
だから大きくずれる。
ことに最近、読解の基礎・・・的な優れた本に出会って、評論だけでなく小説だって、やっぱりある程度の読みは科学なのだな、と痛感。
実にタイムリーに、自分が作成した試験問題でそのアバウトさが出たので、
同僚に愚痴ったら、
「読みなんて、主観ありきじゃないですか?主観の集合体が客観でしょ?
第一、そんなに客観最初から押し付けたら、授業つまんないでしょ?自由に読んで、自由に語り合うから楽しいんじゃないですか?」
と言われてしまった。
そうだった、それも一理あったんだった。
だからこの仕事が面白いんだった。それはそれで大事にすることとして。
それでもあえて仕事以外のプライベートでマニュアックに芝居なんかやってるんだからさ。
万人に受ける芝居をしようとは思わない。
でも、どう考えても納得がいかないという、そういう読み方にはなりたくない。
それは演技の薄っぺらさに通じる。
羨望と嫉妬を抱き、身をよじるようにじりじりしつつ、
普遍的な読解をこなす才人のあれこれを姑息に盗もうと思う。
そして、それらを材料にして自分本来の作品論を打ち立ててしまおう。
ずうずうしく。
それをしっかり打ち立てたときにはきっと揺らがないな。
まだまだあがく。
読解力が低いと自覚してはいた。
でもこのところますますそれを感じる。
言葉への繊細な注意深いこだわりが欠けている。
だから大きくずれる。
ことに最近、読解の基礎・・・的な優れた本に出会って、評論だけでなく小説だって、やっぱりある程度の読みは科学なのだな、と痛感。
実にタイムリーに、自分が作成した試験問題でそのアバウトさが出たので、
同僚に愚痴ったら、
「読みなんて、主観ありきじゃないですか?主観の集合体が客観でしょ?
第一、そんなに客観最初から押し付けたら、授業つまんないでしょ?自由に読んで、自由に語り合うから楽しいんじゃないですか?」
と言われてしまった。
そうだった、それも一理あったんだった。
だからこの仕事が面白いんだった。それはそれで大事にすることとして。
それでもあえて仕事以外のプライベートでマニュアックに芝居なんかやってるんだからさ。
万人に受ける芝居をしようとは思わない。
でも、どう考えても納得がいかないという、そういう読み方にはなりたくない。
それは演技の薄っぺらさに通じる。
羨望と嫉妬を抱き、身をよじるようにじりじりしつつ、
普遍的な読解をこなす才人のあれこれを姑息に盗もうと思う。
そして、それらを材料にして自分本来の作品論を打ち立ててしまおう。
ずうずうしく。
それをしっかり打ち立てたときにはきっと揺らがないな。
まだまだあがく。
そんな風に煮詰まったことをとらえられるのが、「悟り」なのだろう。
それが、「レモン」なのだろう。
なのに、やはり落胆して自己嫌悪な自分がいる。
本日、前半の初通し。そして後半の稽古。
まだまだ。
まったくわかっていない。
後半なんて、読解も間違ってた。
努力してきたと思っていた前半も、
心の動きとそれぞれの芝居がまったく連動せずばらばら。
落ち込むよなあ。
努力は報われない、必ずしも。
わかっていた、うん、わかっていた。
それでも片思いに傷つく悲しい女のように今はどろどろ。
もう少し待って。
この底辺から必ず立ち上がるから。
今はこの泥沼に拘泥して、
自分を責め、
暗い迷宮をさまよう
こんなとき
誰にも声をかけてもらいたくない
誰とも馴れ合いたくない
とことん孤独になって自分を本当に追い詰めることができたら
それが表現者への道なのだろうな。
そしてそれを経たときに初めて、その「悟り」が意味を持つのだろうな。
表現者を辞めることはないのだから、今は大切な試練。
むつことして生きるために。
それが、「レモン」なのだろう。
なのに、やはり落胆して自己嫌悪な自分がいる。
本日、前半の初通し。そして後半の稽古。
まだまだ。
まったくわかっていない。
後半なんて、読解も間違ってた。
努力してきたと思っていた前半も、
心の動きとそれぞれの芝居がまったく連動せずばらばら。
落ち込むよなあ。
努力は報われない、必ずしも。
わかっていた、うん、わかっていた。
それでも片思いに傷つく悲しい女のように今はどろどろ。
もう少し待って。
この底辺から必ず立ち上がるから。
今はこの泥沼に拘泥して、
自分を責め、
暗い迷宮をさまよう
こんなとき
誰にも声をかけてもらいたくない
誰とも馴れ合いたくない
とことん孤独になって自分を本当に追い詰めることができたら
それが表現者への道なのだろうな。
そしてそれを経たときに初めて、その「悟り」が意味を持つのだろうな。
表現者を辞めることはないのだから、今は大切な試練。
むつことして生きるために。
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