蜻蛉日記
 
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制作に休みはない。
 TENPANが終わってから、かたときも心は(体もほとんど)休んでいない。常に、次の芝居作り、集客、どう展開するか、鈍くさい自分の体をどう鍛えるか・・・を考えている。
 そしてそれが、義務感ではなく、本能的にそうしたいという欲求に突き動かされて、なのである。無上に楽しい。
 最近、ラニョ携帯に、いろんな人から電話がある。そして、それは全部次の作品の大団円につながっている。できうる限り、たくさんの人と会おう、話そう、それこそが次回作につながる。
 「家で、飯食わないぜ」と言っていた、ソルトの麻生さんに敬意を表しつつ。
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魅力的な演出。
 ここのところ観劇目白押し。中でも、「ぬけがら」はすごかった。こういうのが下北沢で普通にやってる芝居なんだろうなあ、というクオリティーの高さ。台本もいいし、演出もいいし、役者も味を出していた、有名な人だけでなく皆。大西さんからの発信は、いつも決して期待を裏切らない。
 この間、本多の社長の話を聞いて以来、下北沢近辺に住みたいなあ、とますます強く思っている。歩いていける飲み屋、歩いていける劇場、そんな後半生は素敵だなあ、と。
 ちょっと話がそれてしまった。「ぬけがら」の何がそんなによかったのかなあ、と思うに、やっぱり真ん中にずどんと来るポリシーというか、知的文化的創造的塊というか、そういうものがあることなんだよなあ。それが希薄だと、いくらエンタメだろうが、騒々しいいろんな面白いことやっていようが、乗れない、逆に白々しく冷める。
 そういう意味では、京浜の「ミスターチムニー」はすごく惹かれた、本にも演出にも。
 もちろん好みはあるとは思うが、演出の力って大きいな。著名とかプロとか、知りあいとか、そういうことに惑わされず、本気で面白いものは何かを、見極める目を持ちたい。
 そうなれば、ラニョの一員として、うちの不十分さとか、弱点とか、そういうことが本当に見えてくるのかも。創造的に盲目なままでは、私の制作チーフとしての野望は成し遂げられないんだよなあ。
 さて明日も観劇、「恋のカーニヴァル」。
 
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