蜻蛉日記
 
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
得体の知れないものが好き
外山が、ある文章で、読みには3種類あると言った。
読みAは、自分がわかる世界のもの。既存のものを読んで楽しむという読み方。
読みBは、ちょっと難解だが、解釈を試みれば読み取ることができる、既存の世界とは違うもの。
そして読みCは、挑戦する読み。よくわからないけれどチャレンジし続け、すぐに物にできなくともあきらめないで読み続ける。
漢文の素読を例に挙げていたけれど。

何という深さよ。
私が今夢中になっている「唐十郎」はまさしくCだ。
何がなんだか、どう整合性をつけるのかわからない、でも惹かれる。
あの刺激は何?と思ってしまう。
そして、そうそうたる面々の文学的評価・・・私なんて中学生だった頃からの話なんだなあ。
確か21歳の頃、赤テント観にいったけど、ぜんぜんわかんなかった。ただ、李麗仙がかっこよく出てきたのは印象にある。
で、彼女の言葉、「続けた奴はいつまでも女優」だって。
ふん、目指すは彼女だな。


一番わかったのは、「六号室」
六子の世界観。こんなものがあったなんて。
ものすごくわかった。
で、思った。

下敷きがないと、何らかの接点がないと、深くは味わえないのだな、と。

それでも、こだわり続けようと思う。
もう、わからないものを単に拒否したりはしない。
それではもったいないからね。
きっと、この、自分の狂気と感電する日が来るだろうからさ。

スポンサーサイト
執筆宣言
 私にとって、試金石となった13回目の公演、気狂い六子。で、今、私の中で本当に次に書きたいこと、がふつふつと沸いてきている。
 もちろん次回作なんて、おこがましいことは言わない。いつか、である。六子だって、7年半をかけて奇跡的に日の目を見たのだから。
 それでもあえて。
 自分の中の、書きたいという突き動かされる衝動を大事にしたいと思う。台本として全く成り立っていなくても、我侭で頑固な創造欲求の証の原型があれば、天才タクジさんと上村さんがきっと何とかしてくれるだろう。という、他力本願な信頼がある。そんな風に思えるようになったのは今回の成果。

 なんという贅沢さ。たいして大きくもない劇団だから、公演打つの半端じゃないしんどさだけどね、主にスタッフ部門。廃人になりそうよ、まさに。それでもあえて、挑戦したくなる。まるで麻薬中毒患者だな、これ。良識があったら絶対踏み入れない世界だ。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。