蜻蛉日記
 
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上海バンスキング
 数十年ぶりの再来で、吉田日出子も出ると言う。どうしても観にいきたいと思い、予約開始日に電話をかけ続けた。ずっと話し中。2日目、やっとつながったら、S席は全て完売。他のどの席でも、土日は完売、とのこと。

 とても残念だが、諦めた。

 ホンモノには、こういう勢いで人は殺到するんだな。すごい。私なんて、まだまだ観たいものを全然観ていない気がする。無知で無教養そのもの。

 そう言えば、14年ぶりで行った香港の会員制「チャイナクラブ」は、かつての上海を再現したお店だった。料理だけじゃなく、そのムードも満喫した。・・・あーあ、観たかったなあ、とよけいに。

 ハングリーでありたいと思う。上品さなんてくそ食らえだ。香港人のマネーに対するぎらぎらした感じ、それをそっくり私は、芝居への執着に変えたいと思う。私にとって、高度経済成長的な上昇は、まさに今、始まったばかりなのだから。
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わが芝居人生
とかく勘違いしてしまうのだが・・。
「ああ、こういう芝居がやりたい」とか「これは無理。やりたくない。」とか、そういう思いをわかってもらえる誰かと共有したくなる。
でもそれはありえないんだな。

ほとんど落胆する。
当然だね、人間が違うのだから感じ方も千差万別。
意気投合、となることの方が稀。
稀だからこそ幸せなのだろう、その瞬間は。
そう、ごくごく部分的に、共鳴しあえればそれでよし。

なのにさ。
そう感じてもいないのに、無理して合わせたり、
媚売ったり、そんな茶番、自分がやるのはおぞましいし、人がやってるの見るのも、正直不快。

本当に孤独と折り合いをつけられた人だけが、
ことの本質に向かえるのだろうな。

今は劇団背負ってる自覚あるし、
それに生きがい感じているけれど、
究極、フリーランスで、自分の腕だけで、
したい芝居、追及したい役者修行、って覚悟してる人こそが生粋の芝居人かもしれない。

何のために芝居やってるか、常に問い続けていこうと思う。
決して組織のためとか、義理とか意義と任務とか、そういうことではないはずだから。
くるみ割り人形・花のワルツ
今日久しぶりにジムのバレエエクササイズ。
懐かしい「花のワルツ」のさわりをやった。もう3、4年前になるかしら、今の先生に着く前に、習っていたバレエ教室で、少しだけやったっけ。若くてきれいな、そして踊りの上手な「毎日が退屈ー」みたいなOLさんばかりがたくさん来ているお教室だった。
そこにいる私は、全くの場違いって感じで。でも先生は厳しく、そして丁寧にレッスンしてくださった。あのときは、ともかくバレエ用語さえちんぷんかんぷんで、何言われてるのか、自分がどうなっているかさえわからなかったけれど、今なら少しわかる気がするし、やってみたいかも、となってる。

踊ってみたいな、いつか花のワルツ。もちろん舞台で。
「私はバレリーナ」って気分味わうだけでも素敵。ま、実際はかなり無様なんだけどね。
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