蜻蛉日記
 
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今年に入って3回目の着物♫
昨年10月からは公演で忙しかったので、久しぶりに着物を着る。
帯の締め方忘れちゃうから、どこかで着物を着ようと、いろんなチャンスを狙っているのだが、
実はなんでもいいわけで。

まずは、古い友人との食事会に、
2度目は、内山先生との会食、
そして今日は、ある地区の新年の旗開き。

実は2週間前に別の旗開きがあってやはり着物を着たくて用意していったのに、
何と、紐、帯揚げ、お太鼓をすっかり忘れて行って着られなかった。
ほかの着物一式は草履まで全部持っていってたのに。
足袋はいて下着つけてさあ襦袢を着るぞ、という時に気がついた。トホホ。

その日は司会だったので諦められず羽織だけ着るという・・・
これから踊りでも踊るんですか?という格好でいた。

自分でも本当に、天然でドジだと思う。
でも、今大ブレイクの綾小路いわく、そういう人は、痴呆にならない。

なぜなら、普段から抜けてるから、境目がわからないから、と。
確かにな。人生どこまでも楽天的にいかなくちゃ!!!

でもさ。

自分で望んだ、選んだ忙しさに忙殺されて喜々としてはいるが、
そろそろ芝居仲間が恋しい、よな。
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今日は母の命日。
今日は、4年前74歳で亡くなった母の命日。
父と妹家族とともに、お墓参りをする。
・・・・しみじみ。

私は、生前ほとんど親孝行らしいことをせず。

なのに母は、私の闘っている裁判という裁判ことごとく傍聴支援し(しかも1時間前から来て待っていたという名物)、
亡くなってからの判決の席にも、「今ここに、とのぎさんのおかあさんが座ってるよ」と言われるぐらいの人だった。

闘争の署名を集めている時に(それいつもだが)、
「あんた、なんで八百屋さんから署名をもらってないの!?」と私は叱咤される始末。

なわけで。
死んだ人が、生きている間にままならなくてどうしょうもなかったことを
何かやれないか。
この4年の間、せめてもの罪滅ぼしに、それを考えてやってきたような気がする。

まずは母には絶対果たせなかった断捨離を決行し、
私自身がお洒落するときは着物!と母が一度も袖を通さないで何十年も取っておいた古い着物を着る、というライフスタイルを確立した。

あとは、父のこと。弟のこと。
私に出来る限り。

猛烈にジムに通いながら、でもメンタルではそんなこと考えてる。
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